黒衣の王子様

〈あらすじ〉
夢に見た素敵な王子様が少女の前に現れたが、王子
様の正体は、口にするのも恐ろしいものでした。

〈登場人物〉
紗絵子:中学2年のだらしない性格の美少女。
王子様:16才位の超美形の黒服の少年。
ママ:45才位の太った中年女性。

〈本文〉
 紗絵子の部屋(夕方)
  食べ残しの菓子袋やジュース缶などが散
  在する乱雑な部屋。
  紗絵子がベッドの上でポテトチップスを
  食べながらテレビでアニメを見ている。
  テレビ画面には美形の王子と村娘が。
テレビ画面の娘「王子様」
テレビ画面の王子「ナターシャ、たとえ身分
 が違っても君を愛している」
テレビ画面の娘「うれしいです」
テレビ画面の王子「必ず迎えにくるからね」
  ママがドアをバタンと開ける。
ママ「また食べ散らかして。掃除は?」
紗絵子「後でするわ」
ママ「そればっかり」
紗絵子「とにかく、今、テレビいいとこなん
 だから」
ママ「もう〜っ、どうなってもしらないわよ」

 紗絵子の部屋(夜)
  窓の外は月夜。
  窓は開いていて、絵から抜け出たように
  美しい黒衣の王子が窓の敷居の上に座っ
  ている。
  ポテトチップスのカスを口の横につけた
  まま眠っていた紗絵子が気配で目覚める。
紗絵子「(口元をぬぐいながら)誰?」
  窓から降りて紗絵子の近くに来る王子。
王子「初めまして、紗絵子さん」
  ドギマギする紗絵子。
紗絵子「ど、どうして私の名前を…」
王子「ずっとあなたのことを見てきたからで
 すよ」
紗絵子「どういうことですの?」
王子「実は、僕はあなたの世界とパラレルな
 世界の国の王子なんです」
紗絵子「王子様ですって。なんて素敵」
王子「僕たち王族には超能力があるので、あ
 なたとこうして交信できるのです」
紗絵子「そうなんですか」
王子「でも、人間とは交信してはいけないと
 いう掟があります」
紗絵子「掟を破ってまで私のことを…」
王子「そうです。愛してしまったのです」
紗絵子「私は掟なんか気にしませんわ。だっ
 て王子様はこんなに素敵なんですもん」
王子「よかった。あなたが僕を気に入って下
 さって」
  王子はベッドに腰掛ける。
紗絵子「夢みたいです。とってもうれしい〜」
王子「僕もです。キスしてもいいですか」
紗絵子「えぇ!?いきなりそんな‥」
  でも紗絵子はポッとなって目を閉じる。
  口の周りがムズムズするので、ふと目を
  開けるとゴキブリが口の周りを這い回っ
  ている。
紗絵子「きゃあ〜っ、ゴキブリ〜っ」
  驚いてベッドから飛び起きる紗絵子。
  ゴキブリ用殺虫スプレーを持ったママが
  飛び込んできて、蛍光灯をつける。
ママ「どこどこ」
  ゴキブリは逃げ回る。
紗絵子「あ、あっち。いや、こっち」
  スプレーを噴射するママ。 
  ドタバタした挙げ句、最後にママがスリ
  ッパでゴキブリを踏みつぶす。
ゴキブリ「ぎゃああ。紗絵子さ〜ん」
紗絵子「今、何か声がしなかった?」
ママ「気のせいでしょ。明日はちゃんと掃除
 するのよ」
紗絵子「は〜い」 
  ゴキブリの死骸をゴミ箱に捨てるママ。
  布団をかぶって寝る紗絵子。
紗絵子「早く夢の続きを見なくっちゃ」
  ゴミ箱の中で瀕死のゴキブリ。
ゴキブリ「掟を守っとけばよかったです〜」
  ぴくぴくしていた足がピタッと止まる。
N 「こうして王子様は昇天なさったのです。
 ち〜ん」
               (おわり)